中国のAI企業DeepSeekは、NVIDIAのH800 GPU向けに開発した新技術「FlashMLA」を公開し、AI処理性能を最大8倍向上させることに成功しました。
この技術は、ハードウェアの性能制限をソフトウェア最適化で克服する手法として注目を集めています。特に米国の輸出規制下で「性能制限版」とされるH800 GPUを活用する中国企業にとって、大きな突破口となる可能性があります。
NVIDIA H800の制約とDeepSeekの挑戦
NVIDIAのH800 GPUは、米国の輸出規制により「性能制限版」として中国市場向けに提供されています。
本来のH100と比べると、メモリ帯域幅や計算性能が意図的に制限されており、中国のAI開発者からは「本来の性能を引き出せない」という不満の声も上がっていました。しかしDeepSeekは、ソフトウェアレベルの最適化によって、H800の潜在能力を引き出す技術「FlashMLA」を開発。同社によると、BF16(Brain Floating Point 16)形式の行列演算で580 TFLOPS(テラフロップス)を達成し、業界標準の約8倍の性能向上を実現したと発表しています。
さらに、メモリ帯域幅も最大3,000 GB/s(ギガバイト/秒)を記録。これはH800の理論上のピーク値(約1,500 GB/s)の2倍に相当します。これらの数値は、ハードウェアの改造ではなく、あくまでソフトウェアのアルゴリズム改良によって達成された点が特筆されます。
FlashMLAの技術的核心——「低ランクKV圧縮」と「ブロックベースページング」
DeepSeekが開発したFlashMLAの革新性は、2つの技術的ブレークスルーにあります。
1. 低ランクKV圧縮(Low-Rank Key-Value Compression)
AIモデルの推論処理では、大量のキーと値(Key-Value)のデータをメモリに保持する必要があります。従来はこれがメモリ消費のボトルネックとなっていましたが、FlashMLAはこのデータを「低ランク行列」に圧縮することで、メモリ使用量を40~60%削減。処理速度の向上と電力効率の改善を両立させています。
2. ブロックベースページングシステム
メモリの動的割り当てを最適化するため、タスクの負荷に応じてメモリブロックを柔軟に配置する技術です。従来は固定サイズのメモリを割り当てていたため、無駄が生じていましたが、可変長シーケンスに対応することで、リソースの利用率を最大化。特に大規模言語モデル(LLM)の推論処理で効果を発揮します。
「ハードウェアの性能を100%引き出すには、ソフトウェアの工夫が不可欠」
DeepSeekのエンジニアはこう語り、ソフトウェアとハードウェアの協調設計の重要性を強調しています。
中国AI産業への影響と今後の展望
中国のAIクラスター利用率は従来20%程度と低い水準でしたが、FlashMLAの導入でリソース活用効率が大幅に改善される見込みです。
特に、米国の先端チップ規制が続く中、中国企業は「既存のハードウェアでいかに性能を引き出すか」に注力しています。DeepSeekのオープンソース戦略も追い風となるでしょう。同社はFlashMLAをGitHubで公開し、開発者コミュニティとの協業を促進する方針です。
懸念点と課題
一方で、FlashMLAの効果は現時点でHopperアーキテクチャ(H800/H100)に限定されています。また、圧縮技術による精度低下のリスクや、他のGPUメーカーへの応用可能性など、今後の検証が待たれる課題も残っています。
まとめ:ソフトウェア革新が拓くAI開発の新時代
DeepSeekのFlashMLAは、ハードウェア依存からの脱却を目指す中国AI産業の象徴的な成果です。
米中の技術覇権競争が激化する中、ソフトウェア最適化による性能向上は、コスト面でも持続可能性の面でも重要な意味を持ちます。今後、同技術がNVIDIA H100や次世代GPUに適用された場合、さらなる性能向上が期待されるでしょう。
ただし、AI開発の本質は「計算速度」だけでなく「倫理的な利用」にもあります。DeepSeekのモデルが「不適切な情報のフィルタリングに失敗する」という指摘も一部で上がっており、技術革新と社会的責任の両立が今後の焦点となるでしょう。